私たちは今この瞬間を生きています

2025.6.4

圓光寺のインスタグラムをご存じでしょうか。

貝塚 圓光寺と検索していただければ見つかります。

お寺の様子などを写真とともに投稿していますので、一度ご覧いただきたいと思います。

さて、六月の梅雨も間近なこの時期に桜の話って?と思われた方もいるのでは。

今回のブログタイトルにもあるように、

私たちは過去でもなく未来でもなく、今この瞬間にしか生きていません。

親鸞聖人はまさにこのことを私たちに伝えてくださった方です。

親鸞聖人が出家(お坊さんになること)されたのは、わずか九歳の時だといわれています。

聖人が子供であった頃は、現在以上に世の中が戦争や疫病、飢饉など

恐ろしいことに満ちていた時代でした。

そんな中、親鸞聖人は私たちが救われていく道は仏様の教えを学ぶしかないと決意され、

京都三条の慈円和尚の元でお得度式(お坊さんになる儀式)を受けられることになりました。

ところが現在のように交通手段が発達していなかったので、

約束の刻限までには和尚の元にたどり着けず、

お坊さんになるお得度式は明日に延期ということになったのです。

しかし、親鸞聖人は深く思いを巡らした末、慈円和尚にこうおっしゃったそうです。

「明日ありと 思う心の仇桜 夜半に嵐の 吹かぬものかは」

この句は、「今日咲き誇っている桜の花を 明日見ようと思っていても 

夜に嵐が吹いて すべて散ってしまうかもしれない 明日に何の保証があるというのでしょうか」

という意味です。

明日という日が必ず私に来るとは限らない、だから今この瞬間を精一杯生きなければならないと

私たちにお教えくださっているのです。

今この瞬間を積み重ねて生きていくのが私たちの人生であり、父母やご先祖様の人生なのです。

そうして積み重ねられ繋げられた生命(人生)をお墓や納骨堂などをお参りすることを通じて

思い起こし、私たちが今生きている意味を感じてほしいと思います。

当寺院は静かな環境でそういったことを考える時間を過ごしていただける場となっております。

是非、折に触れお参りください。